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最高裁判所第三小法廷 昭和41年(オ)991号 判決 1969年7月08日

上告人

卞鳳煥

代理人

大蔵敏彦

小林達美

被上告人

新間ふか

外三名

代理人

平井広吉

主文

原判決中上告人の敗訴部分を棄却する。

右破棄部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人大蔵敏彦の上告理由第二について。

論旨は、上告人が原審において、仮に訴外増田惣平が訴外佐藤鉄太郎から本件土地を含む土地五〇坪(一六五、二八平方メートル)を転借するにつき訴外新間嘉兵衛の承諾を得ていなかつたとしても、増田惣平は、右土地の転借後一〇年間以上にわたり、同土地を、本件建物の敷地として賃借する意思をもつて、平穏、公然に占有し、その用益を継続してきたものであり、かつ、その占有のはじめに、善意、無過失であつたから、同人は、時効により、右土地上に新間嘉兵衛に対抗しうる賃借権ないし転借権を取得した旨主張したのに対し、原審が、上告人の右主張は主張自体理由がないものとしてこれを排斥し、ひいては、上告人の右建物の買取請求にもとづく抗弁を排斥するに至つた点には、土地の賃借権ないし転借権の時効取得に関する法令の解釈適用を誤つた違法があるというにある。

そこで、検討するに、まず、他人の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、その用益が賃借の意思にもとづくものであることが客観的に表現されているときには、民法一六三条により、土地の賃借権の時効取得を肯認することができるものと解すべきことは、すでに、当裁判所の判例(昭和四二年(オ)第九五四号、同四三年一〇月八日第三小法廷判決、最高裁判所民事判例集二二巻一〇号二一四五頁)とするところであり、そして、この法理は、他人の土地の継続的な用益がその他人の承諾のない転貸借にもとづくものであるときにも、同様に肯定することができるものと解すべきである。

ところで、原審は、上告人の前記主張を排斥した理由として、「増田惣平が佐藤鉄太郎との契約により本件土地を含む土地五〇坪の転借権を取得したことは、既に述べたとおりであるから、増田惣平が本件土地の転借権を時効により取得したとの第一審被告ら(上告人および広瀬泰三)の主張そのままはこれを容れる余地はない。もし第一審被告らの右主張が、増田惣平は佐藤鉄太郎から本件土地五〇坪を転借するにつき新間嘉兵衛の承諾を得たと信じて、平穏公然に、且つ善意無過失で一〇年以上にわたり右土地を占有してきたから、新間嘉兵衛の承諾のある転借権を取得したとし、帰するところ、承諾の時効取得をいう趣旨であるとすれば、このような承諾の時効制度を定めた法律の規定はないから、第一審被告らの右趣旨の主張も採用することができない。」と判示している。

しかしながら、前記のような要件のもとに土地の賃借権の時効取得を肯認することができると解すべき以上、そのような土地の賃借権の時効取得の制度は、実体法上、当事者間の契約による土地の賃借権の取得が認められない場合にはじめて適用される予備的ないし補充的な制度と解しなければならない理由はないのみならず、上告人は、、本訴において、訴外増田惣平が訴外佐藤鉄太郎に対する関係で本件土地の賃借権ないし転借権を取得したと主張しているのではなく、訴外新間嘉兵衛に対する関係でこれを取得した旨主張しているのであるから、原判示のように、増田惣平が佐藤鉄太郎との契約により同人に対する関係で右土地の転借権を取得したことが認められるとの一事をもつて、直ちに、増田惣平が右土地の転借権を時効により取得した旨の上告人の主張は容れる余地がないとすることは早計であるといわなければならない。また、上告人は、本訴において、増田惣平が右土地の転借についての新間嘉兵衛の「承諾」自体を時効により取得した旨主張しているのではなく、増田惣平が、右土地上に、その転借についての新間嘉兵衛の承諾を得た場合と同様の、すなわち、同人にも対抗しうる賃借権ないし転借権を時効により取得した旨主張しているものであり、つまり、増田惣平が新間嘉兵衛に対する関係で民法一六三条にいう「所有権以外ノ財産権」としての賃借権ないし転借権を時効により取得したと主張しているものであることは、本件記録、とくに原判決の引用する第一審判決の事実摘示に徴し、明らかであつて、原判示のように、承諾の時効取得の制度を定めた法律の規定がないとの理由をもつて、にわかに、上告人の主張を採用することができないとすることも失当であるといわなければならない。

してみれば、右判示のような理由のみに基き、何らの事実審理をもすることなく、上告人の前記主張を排斥した原審の判断は、土地の賃借権ないし転借権の時効取得に関する法令の解釈適用を誤つたか、または、上告人の主張を誤解して理由不備ないし審理不尽の違法をおかしたものといわざるをえず、そして、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。したがつて、原判決の右違法を指摘する本論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中上告人の敗訴部分は破棄を免れない。なお、上告人の前記主張の当否を判断するためには、さらに審理を尽尽くさせる必要がある。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(松本正雄 田中二郎 下村三郎 飯村義美 関根小郷)

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